【キリストの足跡をたどる】003_贖い(あがない)ってなに?

贖い(あがない)ってなに? 

【聖書】ヨハネの福音書1:14~18
●前回まででわかったこと:「ことば」であるイエス・キリストとは?
●とうとう神が来た
●「贖い(あがない)」とは? 

【ヨハネの福音書1:14~18

1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

(中略)

1:16 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた。

1:17 律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。

1:18 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。

前回まででわかったこと:「ことば」であるイエス・キリストとは?

・すべての第一原因として初めからある、三位一体の神

・三位一体の父なる神と共にある、子なる神

・父なる神と共に、すべてのものを造られた神

・今も生きている、永遠のいのちを持つ神

・あらゆる闇を照らす、世の光である神

信じた人に、神の子となる特権をお与えになる神

とうとう神が来た

ヨハネの証言が続きます。大事なところなので、丹念に読んでいきましょう。

1:14 ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。この方は恵みとまことに満ちておられた。

1:16 私たちはみな、この方の満ち満ちた豊かさの中から、恵みの上にさらに恵みを受けた。

【14~16節】イエス・キリストが来られる前に書かれた旧約聖書を読んでいると、救い主が生まれる系譜となるユダヤ民族が国家を形成する過程で、しばしば「神の栄光」と言う、神が共にいてくださることを示す現象があらわれた記録が出て来ます。ところが今、神そのものが人となって地上に来られたので、ヨハネは驚きと感動をもって「私たちの間に住まわれた」と表現しています。そしてこの方は、愛と正義の神ゆえの「恵み」「まこと」に満ちあふれ、ヨハネ自身も計り知れない「恵み」を頂いたと、ありのままのキリスト像を吐露するのです。

「贖い(あがない)」とは?

1:17 律法はモーセによって与えられ、恵みとまことはイエス・キリストによって実現したからである。

【17節】ところで、今回のテキストの「ヨハネの福音書」は新約聖書で、イエス・キリストが来られた後に生きる私たちに、神の救いが完了したことを告げてくれています。けれども、キリストが来られる前は、当然キリストの十字架による身代わりの死はまだありませんでした。では、旧約聖書の時代、神は人に対して、人間の罪をどう解決せよと教えていたのでしょう?それを説く鍵が、「モーセの律法」です。

いつの時代であっても、罪を持つ人間が神との関係を回復するために必要なものは、神への「信仰」です。ただし、旧約聖書の時代は、「救い主」が来ることは先の話でしたから、当時の人々の「信仰」の内容は、神が人々に約束してくれた言葉を信じることでした。そして、神がモーセという人を介して人々に与えた約束が「律法」であり、それを守ることが信仰表現でした。その中で示された大切な要素が、「贖い(あがない)」という概念です。すなわち、罪を清算するには、本人の命に代わる何かで贖われなければならないので、傷のない動物を犠牲として捧げよと定められていたのです。

「肉なるものの命、それは血にある。私はあなたがたの命の贖いをするために、祭壇でそれをあなたがたに与えた。血が命に代わって贖うのである。」
(旧約聖書 レビ記17:11)※共同訳

これは、現代の私たちには血生臭く感じられますが、神の正義を前提とすれば、罪を持つ私たちにとって、とりわけ牧畜が欠かせない産業の一つだった当時の人々にとっては、傷のない動物を捧げることによって罪が贖われるという、大変ありがたい神の計らいだったわけです。この「贖い」こそ、ここでの「律法」という言葉が意味するところですが、今やキリストが来られて、ただ一度、ご自身を十字架上で罪の犠牲として捧げられたことにより、犠牲の動物を捧げる「律法の時代」が終わり、キリストの犠牲を信じる信仰によって救われる「恵みの時代」が到来したことが、「恵みとまことがキリストによって実現した」ことの真意なのです。

「キリストは、(中略)雄やぎと子牛の血によってではなく、ご自分の血によって、ただ一度だけ聖所に入り、永遠の贖いを成し遂げられました。」
(へブル人への手紙9:11~12)

1:18 いまだかつて神を見た者はいない。父のふところにおられるひとり子の神が、神を説き明かされたのである。

【18節】ゆえに私たちは、神が人となってこの世に来られ、十字架に架かられたことが、私たちの命を永遠に贖うという、とてつもない出来事だったことを、このヨハネの証言から知ることが出来ます。それが、父なる神が計画された、人類の救済計画であり、それを実行された子なる神イエス・キリストが、身をもってその内実を解き明かされたことを物語っています。

そして、この贖いを境に、神を信じる「信仰」の内容も、律法の約束を信じて守ることから、キリストによる贖いを信じることへと、大きく変化しました。それで、キリスト以前に与えられていた古い約束が「旧約」、キリスト後の新しい約束が「新約」と呼ばれ、私たちは今、旧約の「律法の時代」ではなく、キリストを信じる信仰によって救われる、新約の「恵みの時代」に生きているお互いなのです。

2022.04.05

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