【キリストの足跡をたどる】009_ 「信じる」ってどういうこと?

「信じる」ってどういうこと?

【聖書】マタイの福音書2:1~12 
●東方の博士たちの訪問
●動揺する王たち
●東方の博士たちの礼拝
●「神を信じる」とは?

【マタイの福音書2:1~12】

2:1 イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。

2:2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。」

2:3 これを聞いてヘロデ王は動揺した。エルサレム中の人々も王と同じであった。

2:4 王は民の祭司長たち、律法学者たちをみな集め、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。

2:5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれています。

2:6 『ユダの地、ベツレヘムよ、あなたはユダを治める者たちの中で決して一番小さくはない。あなたから治める者が出て、わたしの民イスラエルを牧するからである。』」

2:7 そこでヘロデは博士たちをひそかに呼んで、彼らから、星が現れた時期について詳しく聞いた。

2:8 そして、「行って幼子について詳しく調べ、見つけたら知らせてもらいたい。私も行って拝むから」と言って、彼らをベツレヘムに送り出した。

2:9 博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。

2:10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。

2:11 それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。

2:12 彼らは夢で、ヘロデのところへ戻らないようにと警告されたので、別の道から自分の国に帰って行った。

とがすべて御使いの話のとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

前回までのあらすじ

・現在のイスラエルの北部、ガリラヤのナザレに、ヨセフとマリアという、婚約中の二人の若者がいました。
・彼らのもとに天使が現われ、「処女マリアから救い主が誕生する」と告げました。
・彼らはユダヤのベツレヘムに行き、そこで救い主イエスが誕生しました。
・天使から救い主の誕生を告げられた羊飼いたちが、彼らのもとを訪れました。

この後、ヨセフとマリアは、赤子であるイエスを神に献げるため、エルサレムを訪問します(ルカ2:21~38)が、今回は、それから更に時間が経って、救い主を礼拝しに遠方から博士たちが訪れた、というシーンを見ていきます。

東方の博士たちの訪問


2:1 イエスがヘロデ王の時代に、ユダヤのベツレヘムでお生まれになったとき、見よ、東の方から博士たちがエルサレムにやって来て、こう言った。
2:2 「ユダヤ人の王としてお生まれになった方は、どこにおられますか。私たちはその方の星が昇るのを見たので、礼拝するために来ました。」

今回の主な登場人物は「博士たち」(当時の天文学者、占星術師、魔術師、医師、祭司、賢人などを指していた言葉)です。彼らは、「東の方から」「ユダヤ人の王としてお生まれになった方」を「礼拝するために」やってきた、とありますが、東の方ということは、現代のイラクイランにあたる、バビロンとかペルシャと呼ばれるあたりから来たと思われます。ではなぜ彼らは、わざわざ遠くからユダヤの地まで、ユダヤ人の王として生まれる子供を礼拝しにやってきたのでしょう?その答えを聖書に求めるなら、旧約聖書に収められた『ダニエル書』という書物が手がかりとなります。

『ダニエル書』とは、かつてユダヤ人たちが国を追われて新バビロニア王国に連行された「バビロン捕囚」の時代に、ユダヤ人でありながら政府高官に抜擢された、ダニエルと言う人によって、アラム語で書かれた預言書です。その中に、やがて救い主がやってくるという「メシア預言」(ダニエル9:24~37)が書かれていて、そこからキリストが生まれるおおよその時期を割り出すことが出来ます。従って、博士たちは、このダニエル書などを根拠としつつ、「神の栄光」の現れである星の出現とを見て、救い主誕生の確信を得てやってきたと考えられます。

動揺する王たち

2:3 これを聞いてヘロデ王は動揺した。エルサレム中の人々も王と同じであった。
2:4 王は民の祭司長たち、律法学者たちをみな集め、キリストはどこで生まれるのかと問いただした。
2:5 彼らは王に言った。「ユダヤのベツレヘムです。預言者によってこう書かれています。
2:6 『ユダの地、ベツレヘムよ、あなたはユダを治める者たちの中で決して一番小さくはない。あなたから治める者が出て、わたしの民イスラエルを牧するからである。』」
2:7 そこでヘロデは博士たちをひそかに呼んで、彼らから、星が現れた時期について詳しく聞いた。
2:8 そして、「行って幼子について詳しく調べ、見つけたら知らせてもらいたい。私も行って拝むから」と言って、彼らをベツレヘムに送り出した。

本来、キリストの誕生は、ユダヤ人たちにとって喜ばしい知らせであるはずにもかかわらず、当時ユダヤの王であった通称ヘロデ大王やエルサレムの人々は一様に動揺しました。とりわけヘロデ大王は、自分が元々イドマヤ人だったことも手伝い、ダビデの子孫であるキリストが登場したら自分の地位が危うくなると恐れたのでしょう。そこで、宗教指導者たちに問い詰めると、キリストがベツレヘムで生まれるという、旧約聖書のミカ書に書かれた預言を知ったのです(このことは、【キリストの足跡をたどる】007_キリストって歴史上の人物?で触れています)。その結果、ヘロデ大王は博士たちをベツレヘムに送り出しはしたものの、「私も行って拝むから」という王の言葉が、後に偽りだったことが明らかとなります。

東方の博士たちの礼拝


2:9 博士たちは、王の言ったことを聞いて出て行った。すると見よ。かつて昇るのを見たあの星が、彼らの先に立って進み、ついに幼子のいるところまで来て、その上にとどまった。
2:10 その星を見て、彼らはこの上もなく喜んだ。
2:11 それから家に入り、母マリアとともにいる幼子を見、ひれ伏して礼拝した。そして宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。
2:12 彼らは夢で、ヘロデのところへ戻らないようにと警告されたので、別の道から自分の国に帰って行った。

博士たちがベツレヘムに向かうと、またしても星が現れて彼らを導いたとあります。それは、先ずエルサレムに向かって東から西へ移動し、今度はベツレヘムに向かって南下したのですから、明らかに普通の星ではありません。従ってこの星は、「神が博士たちと共におられる」ことを示す「神の栄光」の現われだったことがわかります。

この事によって、博士たちは益々喜びに溢れ、幼子を見つけると礼拝し、用意していた黄金乳香没薬という贈り物を献げました。それらは、旧約聖書の伝統では、黄金は王としての身分を、乳香は神性を、没薬は死を象徴する品々でした。従ってこれらは、イエスという幼子が、王であり、神であり、やがて贖いの死を遂げる救い主であることをよく表しており、博士たちの理解の程はともかく、イエス・キリストに対して、きわめて相応しい贈り物を献げていたのです。

その後彼らは、神の導きによって、ヘロデ王のところに戻らず自国に帰っていきました。神がそうさせた理由は、次回明らかとなりますが、やがてこの地方で、為政者による惨劇が繰り広げられることになります。

「神を信じる」とは?

今日の箇所を通して、救い主誕生の知らせに、二種類の反応を示した人々が出てきました。

一方は、ヘロデ大王や祭司長、律法学者たちでした。彼らは、聖なる国民、祭司の国として神から選ばれ、律法や預言をはじめとする聖書の言葉、神の啓示を全て託されたユダヤ民族の指導者層でした。従って、「神がいる」ことは、頭では理解していたはずなのに、キリストが生まれたことを知らされても、実際には、自ら礼拝にも赴こうとはしませんでした。そのことから、彼らが、聖書の言葉や救い主の誕生について、本心では大した価値を見出していなかったことがわかります。それが態度となって現われました。「この方はご自分のところに来られたのに、ご自分の民はこの方を受け入れなかった。」(ヨハネ1:11)という言葉のとおりです。

もう一方は、東の方から来た博士たちです。彼らはユダヤ人から見れば異邦人でしたが、聖書の預言に耳を傾け、多大な犠牲を払ってエルサレムに赴きました。すると神の栄光が星となって彼らを導くことによって、彼らの神への信頼はますます深まり、喜んでキリストを礼拝したのです。彼らこそ、「しかし、この方を受け入れた人々、すなわち、その名を信じた人々には、神の子どもとなる特権をお与えになった。この人々は、血によってではなく、肉の望むところでも人の意思によってでもなく、ただ神によって生まれたのである。」(ヨハネ1:12~13)の言葉のとおりとなる、最初の異邦人たちだったかもしれません。

私たち日本人の中でも、「神がいる」と考えている人は多く見受けられます。けれども、「神がいる」と認めることと、「神を信じる」ことは違います「信じる」とは「信頼を置く」ということで、聖書の神を信じることは、そのことが書かれた聖書の言葉に信頼を置くことなのです。

博士たちが一団となり、あらかじめ高価な贈り物まで用意して、遠方からわざわざ多大なコストとリスクをとって来た、という事実は、神がダニエルを通して残された聖書の言葉に信頼を置いていなければ到底出来ることではありません。その結果、神は「星」という、可視化できる神の栄光の形を取って彼らにご自身を現わし、彼らを益々喜びで満たしてくださいました。

一方で、ベツレヘムからわずか数キロの地元エルサレムにいた宗教指導者たちは、誰よりも聖書に精通し、神が授けた預言の言葉を知りながら、救い主誕生の知らせを軽視し、その後も一貫してイエス・キリストを救い主とは認めようとしませんでした。その結果、イエス・キリストが後に予告したとおり、紀元70年に国が滅び、およそ1900年間にわたって民族が離散するという悲惨な結末を招くことになります。

幸い、現代は、昔のように聖書が読めなかった時代とは異なり、多くの人が聖書を手に取ることができるようになりました。今は恵みのときです。東の方から来た博士たちが喜びにあふれたとおり、聖書の神様は、聖書の言葉に素直に耳を傾ける人には、ますますご自身を現わし、喜びで満たしてくださいます。今こそ、聖書の言葉に素直に耳を傾け、その言葉に信頼を置こうではありませんか。

2022.6.30

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