095_「しるし」は何を物語る?
【マタイの福音書15:39~16:4】
15:39 それから、イエスは群衆を解散させて舟に乗り、マガダン地方に行かれた。
16:1 パリサイ人たちやサドカイ人たちが、イエスを試そうと近づいて来て、天からのしるしを見せてほしいと求めた。
16:2 イエスは彼らに答えられた。「夕方になると、あなたがたは『夕焼けだから晴れる』と言い、
16:3 朝には『朝焼けでどんよりしているから、今日は荒れ模様だ』と言います。空模様を見分けることを知っていながら、時のしるしを見分けることはできないのですか。
16:4 悪い、姦淫の時代はしるしを求めます。しかし、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。」こうしてイエスは彼らを残して去って行かれた。
これまで何回かにわたって、イエス・キリストとその弟子たちが、異邦人たちが住む周辺地域を巡った場面を紐解きました。今日は彼らが、ユダヤ人の住むガリラヤ湖の西側に戻るところから追いかけます。
奇跡を要求する人々
【マタイの福音書15:39~16:4】
15:39 それから、イエスは群衆を解散させて舟に乗り、マガダン地方に行かれた。
さあ、キリストと弟子たちは舟でガリラヤ湖を横断し、マガダンと呼ばれる地方に赴きました。このマガダンとは、後に聖書に登場する、「マグダラのマリア」という女性の出身地、マグダラのことではないかと言われています。
ちなみにこの場面、同じ福音書の記者であるマルコは、
【マルコの福音書8:10】
ダルマヌタ地方に行かれた。
と書いています。このダルマヌタも、舟が着いた湖畔のあたりか、或いは、マガダンと同じあたりなのか、詳しいことはわかりません。いずれにせよ、彼らは久しぶりに、ユダヤ人たちの住む西側に戻ってきたのでした。するとです。
【マタイの福音書15:39~16:4】
16:1 パリサイ人たちやサドカイ人たちが、イエスを試そうと近づいて来て、天からのしるしを見せてほしいと求めた。
さあ、以前のように、キリストに議論を仕掛ける人たちがやって来ました。ちなみに、ここで出て来るパリサイ人とサドカイ人とは、それぞれ宗教的にも政治的にも立場が違う、いつもは互いに対立していた人たちでした。
具体的には、今までも度々キリストに文句を言っていたパリサイ人は、聖書よりも、後にユダヤ教の経典となる「昔からの言い伝え」を重んじて、形ばかりの偽善的な信仰に陥っていました。そして政治的には、彼らを支配していたローマ帝国に反発していました。
一方、サドカイ人は、ローマ帝国に協力して権力を得ていた、祭司や貴族階級の人たちで、宗教的にも、死後の復活はないと考えていたり、モーセ五書と呼ばれる書物以外は聖書ではないとするなど、パリサイ人とは異なる立場に立っていました。
そんな彼らが、イエス・キリストを批判する時は一致して、「天からのしるしを見せろ」と詰め寄ってきたのですね。言い換えれば、イエス・キリストが救い主なら、自分たちをあっと言わせるような証拠を見せろというわけです。さあ、どうするのでしょう。
時のしるし
【マタイの福音書15:39~16:4】
16:2 イエスは彼らに答えられた。「夕方になると、あなたがたは『夕焼けだから晴れる』と言い、朝には『朝焼けでどんよりしているから、今日は荒れ模様だ』と言います。空模様を見分けることを知っていながら、時のしるしを見分けることはできないのですか。
キリストは彼らが、天の空を見れば天気を見分けられるのに、どうして地で起こる「時のしるし」は見分けられないのか、と問いました。ここで言う「時のしるし」とは、神がこの世界に救い主を遣わすその時を示す、時代の兆候のことです。
すなわち旧約聖書には、救い主がやってくる時に起こるはずのことが沢山書かれていて、それが今、現実になっているのに、なぜそれを悟らないのか、というわけです。
実際、新約聖書は、キリストの到来と共に、旧約聖書に書かれていた救い主に関する予告が次々と実現したことを伝えています。特にマタイは、イエス・キリストがダビデの子孫として、ベツレヘムで生まれたことからはじまり、荒野で悔い改めを叫ぶ人が登場したことや、ガリラヤの人々がキリストに希望を見出したことなど、旧約聖書の予告通りに、イエス・キリストが現れた事実を、こまめに書き残しているのです。
そしてキリストもまた、ご自分が救い主であることを示すため、神でなければできない、様々な奇跡を起こしてきました。けれども当時の宗教指導者たちは、イエス・キリストを救い主と認めるどころか、
【マタイの福音書12:24】
「この人が悪霊どもを追い出しているのは、ただ悪霊どものかしらベルゼブルによることだ」
と言って、キリストを悪魔と断じたのでした。そこでキリストは、信じる気のない彼らの前では、それ以上奇跡を見せなくなっていたのです。それを踏まえて、続きです。
【マタイの福音書15:39~16:4】
16:4 悪い、姦淫の時代はしるしを求めます。しかし、ヨナのしるしのほかには、しるしは与えられません。」こうしてイエスは彼らを残して去って行かれた。
キリストは彼らに、「悪い、姦淫の時代はしるしを求めるが、ヨナのしるし以外に、しるしは与えられない」と言って、彼らのもとを去りました。この「悪い、姦淫の時代」というのは、当時の人々が、真の神から離れて、誤った信仰や偶像崇拝にふけっている状態を揶揄した言葉です。それを鑑み、共同訳聖書では「邪悪で不義の時代」と訳しています。
なので、そんな時代の申し子であるパリサイ人やサドカイ人たちは、盛んに「しるしを見せろ」と求めるが、信じる気のない彼らに奇跡など見せることはない、ただし「ヨナのしるし」だけは与えよう、というのです。これが今日のエピソードです。
ヨナのしるし
さあそこで、「ヨナのしるしのほかには」与えられないと言っている、「ヨナのしるし」とはなんでしょう。実は以前も、キリストが同じことを言っていた場面がありました。それを聖書は、こう伝えています。
【マタイの福音書12:38~40】
そのとき、律法学者、パリサイ人のうちの何人かがイエスに「先生、あなたからしるしを見せていただきたい」と言った。しかし、イエスは答えられた。「悪い、姦淫の時代はしるしを求めますが、しるしは与えられません。ただし預言者ヨナのしるしは別です。ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるからです。
さあ、今日の聖書箇所とよく似ていますね。ここでもキリストは、「この時代の人たちに、しるしは与えられないが、預言者ヨナのしるしは別だ」と言っています。では、ここでも出てきた「預言者ヨナのしるし」とはなんでしょう。
それは、旧約聖書の「ヨナ書」という書物に出て来る、ヨナと呼ばれる預言者に起こったことを指しています。具体的には、ヨナが、東に行くよう命じた神に従わず、西に行く船に乗ったら、遭難して大魚に呑みこまれた、という話です。ところが、ヨナが大魚の腹の中で神に祈ったら、三日後に魚の口から吐き出されたというのです。
この話のポイントは、一度は死を味わったはずのヨナが、三日後に生きて帰ってきたという、「ヨナの復活」という事実です。なので、キリストはこれを引き合いに、私を救い主と認めないなら、もう奇跡は見せないが、「ヨナの復活」のような奇跡だけは、すべての人に与えられる、と予告したのです。そしてその内実こそ、「ヨナが三日三晩、大魚の腹の中にいたように、人の子も三日三晩、地の中にいるからです」という言葉です。
ここで出て来る「人の子」とはイエス・キリスト、そして「地の中にいる」というのは、キリストが死んで、墓に葬られることを指しています。ところがヨナの場合は、三日後に魚の中から吐き出されて戻ってきましたね。ということは、キリストもヨナと同じように、三日後に墓の中から戻ってくる、というわけです。
すなわちこれは、キリストがこの後、私たち人類の罪を贖うために、十字架に架かって死んで葬られた後、三日後によみがえるという、「キリストの復活」を指しているわけです。
このようにキリストは、これから起こる最大の奇跡となる、死後の復活を予告したのでした。勿論人々は、この時点でこれを聞いても、何のことかさっぱりわからなかったでしょうね。なので、キリストは後に復活が現実となったとき、「ヨナのしるし」とはこのことだったのかと人々が悟るよう、アンカリングをされたのでした。これがこの話の本質です。
聖書が書かれた目的とは?
さあそこで私たちは、当時のパリサイ人やサドカイ人たちを反面教師に、「時のしるし」や「ヨナのしるし」から、聖書が伝えようとしている本質を見出そうではありませんか。
繰り返しとなりますが、キリストが言っていた「時のしるし」とは、時代の兆候、すなわちここでは、救い主が来るときに起こること、そして「ヨナのしるし」とは、救い主が死んだ後、三日目によみがえるということです。
幸いなことに、私たちはこれらのしるしがどうなったか、聖書を通して全てを知れる立場にいます。そしてこれらのいずれも、聖書やイエス・キリストの予告通りに実現したことが、聖書の記録からわかります。
ではそれを通して、聖書は私たちに何を言いたいのでしょう。言い換えれば、聖書はなんでこんなことを書き並べているのでしょう。それについて、聖書はこう答えています。
【ヨハネの福音書20:31】
これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるためであり、また信じて、イエスの名によっていのちを得るためである。
聖書は、これらが書かれたのは、「イエスが神の子キリストであることを、あなたが信じるため」で、更には「イエスの名によっていのちを得るため」だと言っています。すなわち、聖書が「時のしるし」や「ヨナのしるし」を伝えているのは、それらが本当に起こったことを私たちが知って、イエス・キリストを救い主と信じ、永遠のいのちを得るためだと言うのです。そのことを決して他人事と思わず、私たちに向けられた言葉として、重く受け止めようではありませんか。
(2026.2.28)
