【15分でわかる】001_キリストってなにもの?

キリストってなにもの? 

●聖書の神は「愛の神」
●聖書の神は「義の神」
●私たちを救うため   

毎年12月に訪れるクリスマスは、「イエス・キリスト」の生誕を記念するイベントです。でも、キリストがなにをしたのか、その本質を知る人は、日本では多くありません。実は、それらのことが書かれている「聖書」によると、キリストは、私たちの身代わりとして死ぬために生まれて来た、というのです。

聖書の神は「愛の神」

聖書には、私たち人間は、もともと「神」によって、神と親しい関係として創られたことが書かれています。従って、神は私たちを愛してやまない「愛の神」であることがわかります。

聖書の神は「義の神」

ところが人間は、神からもらった自由意志を行使して、ある時点で神に背いたことを機に、誰もが「罪」を持つようになり、以来、人間は神から離れて歩み始めたと聖書は伝えています。

このことは、神様にとって大変なジレンマを抱えたことに他なりません。なぜなら、聖書の神は「愛の神」であると同時に、完全な正義と公正を貫く「義の神」でもあるゆえに、愛の対象である人間を愛する一方で、神の義に反する罪を決して赦すわけにいかないからです。

更に困った事に、「罪」とは、神の完全な正義と公正に背くすべてを含む概念なので、罪があるなら死なねばならないと、神ご自身が規定しています。そして「死」とは、肉体的な死にとどまらず、私たちの魂が裁かれることも意味しているのです。

「罪の支払う報酬は死である。」
(新約聖書 ローマ人への手紙6:23)※口語訳

そこで、神が用意された、私たちを救う手段が、この世界に「救い主」を遣わし、私たちを罪の裁きから免れるようにすることでした。それを知らせるメディアが聖書です。

私たちを救うため

聖書は、救い主が来る前に書かれた「旧約聖書」と、来られた後に書かれた「新約聖書」とに分かれていますが、神は、人が初めて罪を犯した直後から、人間を罪の裁きによる滅びから救い出すため、将来必ず救い主を遣わすと宣言されました。そして、救い主がどのように生まれ、どんな生涯を歩むかを、多くの人を介して「預言」させました。それが書かれているのが旧約聖書です。例えば、こんなくだりがあります。

「まことに、彼は私たちの病を負い、私たちの痛みを担った。それなのに、私たちは思った。神に罰せられ、打たれ、苦しめられたのだと。しかし、彼は私たちの背きのために刺され、私たちの咎のために砕かれたのだ。彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、その打ち傷のゆえに、私たちは癒やされた。私たちはみな、羊のようにさまよい、それぞれ自分勝手な道に向かって行った。しかし、主は私たちすべての者の咎を彼に負わせた。」
(旧約聖書 イザヤ書53:4~6)

そして、こうした預言のとおりの生涯を送られた方がイエス・キリストでした。すなわちキリストは、神の目からは有罪で死刑判決を免れない私たちを救うため、身代わりに死刑判決を受けて私たちの罪を全て被ることによって、私たちを神の前で無罪とするために来たと言うのです。そのことを、キリストご自身がこう語っています。

「人の子も、仕えられるためではなく仕えるために、また多くの人のための購いの代価として、自分のいのちを与えるために来たのです。」
(新約聖書 マルコの福音書10:45)

そして、罪がなかったのに罪人として十字架につけられたその時、ご自身を十字架につけた人々のためにこう祈られました。

「そのとき、イエスはこう言われた。『父よ、彼らをお赦しください。彼らは、自分が何をしているかが分かっていないのです。』彼らはイエスの衣を分けるために、くじを引いた。」
(新約聖書 ルカの福音書23:34)

この後、キリストは息を引き取られ、罪人として墓に葬られました。こんなことがなぜ起こったのか、その意味を示した言葉があります。

「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
(新約聖書 ヨハネの福音書3:16)

従って、キリストが私たちの代わりに死んでくださったことによって、私たちの罪が赦され、断絶していた神との関係が回復される道が示されたのです。

更に驚くことに、神は、死んで葬られたキリストを3日目によみがえらせ、多くの人の前でキリストは天に昇られたと、新約聖書の記者たちは証言しています。

「キリストは、聖書に書いてあるとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、また、葬られたこと、また、聖書に書いてあるとおりに、三日目によみがえられたこと…」
(新約聖書 コリント人への手紙 第一 15:3~4)

そしてキリストは、今のこの瞬間も、天の父なる神の右の座で、私たちのためにとりなしをしてくださっていると聖書は語ります。

「だれが、私たちを罪ありとするのですか。死んでくださった方、いや、よみがえられた方であるキリスト・イエスが、神の右の座に着き、しかも私たちのために、とりなしていてくださるのです。」(新約聖書 ローマ人への手紙8:34)

これらのことは、キリストが今も生きていることを証明するものであり、私たちが「一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つ」ことの保障ともなっています。そして神は、私たちにこのことを伝えるべく、聖書を残されました。

「これらのことが書かれたのは、イエスが神の子キリストであることを、あなたがたが信じるためであり、また信じて、イエスの名によっていのちを得るためである。」
(新約聖書 ヨハネの福音書20:31)

神は、私たちがこのイエス・キリストを救い主として信じ受け入れることで、私たちの罪を赦し、キリストと同じように、私たちに永遠の命を与えてくださると約束しています。これが、神がクリスマスに私たちにくださった、最高のプレゼントなのです。

2022.03.01

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